うつ病の治療中に性欲や性機能が変わり、病気の症状と薬の影響をどう整理すればよいか知りたい人向けです。気分の急な悪化、希死念慮、強い焦燥や身体症状がある場合は、記録より先に医療機関へ相談します。
「うつ病か薬か」の二択にしない
性機能は、うつ病の症状、抗うつ薬の治療開始後の変化、不安や睡眠、身体疾患、ほかの薬・物質、関係性などが重なって変わります。2026年の国際コンセンサスは、精神疾患と向精神薬の双方が性機能へ影響し得ること、研究上の方法論的弱点、原因の多因子性を示し、治療前後を通じた評価を勧めています。Nelson CJ et al.「Psychiatric disorders, psychopharmacology and sexual dysfunction from the fifth international consultation on sexual medicine (ICSM 2024)」 2026年の抗うつ薬性機能障害アップデートも、抑うつの重さや治療前の性機能を含む複数の要因を扱っています。Zini J, Turecki G.「Antidepressant-Induced Sexual Dysfunction in Adults: A Targeted Scoping Review and Clinical Update」
2025年のオンライン横断研究では、出生時に女性と割り当てられた357人を、うつ症状の重さとSSRI使用で分けて性機能・性的苦痛・快感を評価しました。うつ症状が重くSSRIを使う群で性のアウトカムが最も悪く、うつ症状とSSRI使用はいずれも複数のアウトカムと関連しました。ただし、服薬情報の自己申告、特定のSSRIを区別できないこと、併用抗うつ薬の交絡、横断設計があり、薬の影響だけを切り出す研究ではありません。O'Neill-King FI et al.「Depression, selective serotonin reuptake inhibitors, and sexual wellbeing in assigned females: exploring the moderating role of sexual flexibility」
したがって「薬を始めた後だから薬が原因」「気分が落ちているから全部うつ病」と決めず、観察できる変化を分けて記録します。
時系列を同じ表に置く
| 時点・要因 | 記録すること |
|---|---|
| 服薬前 | 性欲、興奮、勃起・潤滑、射精・オーガズム、性器の感覚、気分・睡眠 |
| 服薬開始後 | 薬の一般名・商品名、開始日、症状が始まった時期、変化した領域 |
| 増量・減量後 | 用量変更日、変更理由、性機能と気分の変化 |
| 気分の経過 | うつ、不安、焦燥、意欲、回復・悪化の時期 |
| 同時期の要因 | 睡眠、疲労、飲酒、他の薬・サプリ、身体症状、ストレスや関係性 |
開始前の記録がなければ「不明」と残します。後から服薬前の状態を推測して埋めるより、分からないこと自体を診察で共有する方が安全です。服薬前の大うつ病患者にも性機能の症状が報告された研究があり、baselineを持たない比較には限界があります。Kennedy SH et al.「Sexual dysfunction before antidepressant therapy in major depression」 開始・変更・中止後の期間を分けて回復を考えるときは回復時期の整理ページも参照してください。
性欲と性機能の各領域を分ける
「性欲低下」という言葉だけでは、どの反応が変わったかが分かりません。厚生労働省の資料が示すように、性欲、オーガズム、勃起、射精、潤滑などを分けて伝えます。厚生労働省「薬局における疾患別対応マニュアル 精神疾患(気分障害)」
| 領域 | 確認する質問 |
|---|---|
| 性欲 | 性的な関心や誘いへの反応は服薬前と比べて変わったか |
| 興奮 | 気持ちの高まりや刺激への反応が続くか |
| 勃起・潤滑 | 始まりやすさ・維持・潤滑に変化があるか |
| 射精・オーガズム | 到達までの時間、可否、感覚や満足度が変わったか |
一つの領域が改善して別の領域が変わらないこともあります。症状を一つの原因へまとめず、領域ごとに時期と負担を残します。
drug-naïve患者を追った研究から分かること
2023年の自然観察研究では、薬剤未使用の大うつ病患者92人と健康対照73人を比較し、性機能と抑うつ症状を服薬前、エスシタロプラム開始後4・8・12週に測定しました。大うつ病患者では服薬前から性機能の低下がみられ、治療中の性機能は抑うつ症状の改善と並行して改善しました。Weber S et al.「Sexual function improves as depressive symptoms decrease during treatment with escitalopram: results of a naturalistic study of patients with major depressive disorder」
ただしプラセボ群がない自然観察研究なので、改善を抗うつ薬そのものの効果、気分の回復、時間経過、その他の要因へ分解できません。この研究は「薬かうつ病か」を判定する表ではなく、服薬前と治療中の両方を測る意味を示す資料です。
治療前の予測研究は、個人の検査結果とは分けて読む
デンマークの研究では、抗うつ薬をまだ使っていないMDD患者90人(18〜56歳、73%女性)について、エスシタロプラムを8週間投与する前に、脳波から推定したセロトニン作動性の指標LDAEPを測定しました。年齢・性別・治療前の抑うつ性機能障害を調整した解析で、低いLDAEP(セロトニン作動性が高いことを示す指標)は8週時点のSSRI関連オーガズム機能障害と関連し、予測モデルはAUC 0.85、正確度87%を報告しました。Ketilsdottir GD et al.「Serotonergic activity estimated by EEG loudness-dependent auditory evoked potentials as a predictor of sexual SSRI side effects」
ただし、これはエスシタロプラムを受けた小規模な研究対象内の関連・予測です。LDAEPを一般向けの診断検査や、薬を選ぶ自己判定に使えるという意味ではありません。開始前からある性機能の変化と、治療後に変化した領域を分けて記録し、この予測結果も追加検証が必要な研究知見として読みます。
大規模な医療記録研究も、診断前後と薬剤関連を分けて読む
2026年のスウェーデン全国コホート研究は、MDDと新たに診断された成人169,430人(18〜65歳、2006〜2014年)を追い、診断記録と勃起障害治療薬の処方記録を主に使って性機能障害を推定しました。3年有病割合は診断前から診断後に男性で6.1%から8.5%、女性で0.11%から0.18%へ増えましたが、これは自己申告や直接質問で得た性機能全体の発現率ではありません。Isung J et al.「Patterns and treatment of sexual dysfunction in major depressive disorder: A cohort and case-control study in Sweden」
男性の症例対照解析ではSSRI・SNRIとの関連が示された一方、ブプロピオンの関連は既存の無快感や性機能障害を理由に処方されることによる交絡の可能性が示されています。精神科診療での記録は、とくに女性で少ない可能性もあるため、この研究を個人の原因や薬剤の優劣ランキングへ変換せず、診断前の状態、記録方法、処方理由を一緒に確認します。
時間関係が示すこと・示さないこと
| 観察したこと | そこから言える範囲 |
|---|---|
| 開始・増量と症状の始まりが近い | 主治医に確認する重要な手がかり。ただし他の要因を除外して因果を確定するものではない |
| 気分の回復と性機能が一緒に改善 | うつ症状の関与を考える材料。ただし薬の影響がないと証明するものではない |
| 気分が改善しても性機能が続く | 薬、既存症状、身体・心理・関係性などを追加で検討する材料。PSSDと自己診断しない |
| 中止・変更後に変化した | 変更時期、離脱症状、再燃、ほかの薬を含めて処方医に伝える。自己判断で再変更しない |
個人の診断や薬の選択は、経過、診察、併用薬、持病などを合わせて医療者が判断します。
診察に持っていく短いメモ
「服薬前は○○でした。開始/増量後の○週から、性欲ではなく○○が変わりました。気分と睡眠は△△です。薬を自己判断で変えず、うつ症状と薬の影響を分けて確認したいです」と伝えます。記録は受診用トラッカー、言葉の型は主治医に伝える会話シートを使えます。
研究の頻度を自分の発現率へ当てはめたり、記録を診断スコアにしたりしません。薬の減量・中止・休薬、サプリ追加は主治医・薬剤師と相談します。
参考資料
- Psychiatric disorders, psychopharmacology and sexual dysfunction from the fifth international consultation on sexual medicine (ICSM 2024)Nelson CJ et al. / 2026 / 国際コンセンサスレビュー
精神疾患と向精神薬の双方が性機能へ影響し得ること、研究上の方法論的弱点、治療前後を通じた評価、原因の多因子性を整理する国際コンセンサス。 - Antidepressant-Induced Sexual Dysfunction in Adults: A Targeted Scoping Review and Clinical UpdateZini J, Turecki G. / 2026 / スコーピングレビュー・臨床アップデート
2000〜2025年の成人研究を対象に、抗うつ薬性機能障害の有病率、関連要因、機序、対応とPSSDを概観。PSSDの頻度・機序・治療にはさらに厳密な研究が必要とする。 - Depression, selective serotonin reuptake inhibitors, and sexual wellbeing in assigned females: exploring the moderating role of sexual flexibilityO'Neill-King FI et al. / 2025 / 横断観察研究
出生時に女性と割り当てられた357人を、うつ症状の重さとSSRI使用で4群に分け、性機能・性的苦痛・快感などをオンライン横断評価。うつ症状とSSRI使用がそれぞれ性のアウトカムと関連したが、服薬情報の自己申告、特定のSSRIを区別できないこと、併用抗うつ薬の交絡、横断設計があり、個人の因果関係・薬剤選択・治療効果を示す研究ではない。 - Sexual function improves as depressive symptoms decrease during treatment with escitalopram: results of a naturalistic study of patients with major depressive disorderWeber S et al. / 2023 / 自然観察研究
薬剤未使用の大うつ病患者92人で、服薬前とエスシタロプラム開始後4・8・12週の気分・性機能を測定。性機能は抑うつ症状の改善と並行して改善したが、プラセボ群がなく薬の因果効果だけは確定できない。 - Serotonergic activity estimated by EEG loudness-dependent auditory evoked potentials as a predictor of sexual SSRI side effectsKetilsdottir GD et al. / 2026 / 前向き観察研究
未服薬のMDD患者90人(18〜56歳、73%女性)で、エスシタロプラム8週間の前に脳波LDAEPを測定。治療前LDAEPと8週時点のSSRI関連オーガズム機能障害の関連を報告したが、小規模研究で、一般向け検査・個人の薬剤選択へ直接使える基準ではない。一部著者に製薬企業等との講演・コンサル等の利益相反申告がある。 - Sexual dysfunction before antidepressant therapy in major depressionKennedy SH et al. / 1999 / 観察研究
薬剤未使用の大うつ病患者134人(男性55人、女性79人)の服薬前の性機能を調査。小規模で非うつ病対照がなく、2026年の日本の一般患者の割合へ外挿できないが、baseline確認の必要性を示す。 - Patterns and treatment of sexual dysfunction in major depressive disorder: A cohort and case-control study in SwedenIsung J et al. / 2026 / 観察研究
スウェーデン全国コホートのMDD成人169,430人(18〜65歳、2006〜2014年)を対象に、診断・勃起障害治療薬の処方記録から性機能障害を推定し、診断前後と男性の薬剤関連を解析。自己申告や直接質問の発現率ではなく、女性を含む記録の少なさと、薬剤選択の交絡を踏まえて読む。 - The use of patient-reported outcome measures in assessing the prevalence and tolerance of SSRI-related sexual dysfunction: a systematic reviewBrugi S et al. / 2026 / 系統的レビュー
27研究で10種類のPROMを整理し、CSFQ、ASEX、PRSexDQなどの測定方法、baseline・治療後の測定、症状のカバー範囲、許容度の報告差を検討。許容度を報告したのは8研究で、単一の発現率や質問票間の単純比較を作る資料ではない。 - 薬局における疾患別対応マニュアル 精神疾患(気分障害)厚生労働省 / 2024 / 公的資料
Q4-21で、抗うつ薬の性機能障害を性欲、オーガズム、勃起、射精、膣潤滑などの症状に分けて示し、性に関する話題の言い出しにくさを踏まえ、副作用一覧などを使って患者と一緒に確認する方法にも触れている。 - 医療用医薬品 添付文書等情報検索独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA) / 2026 / 公的データベース
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